聖書と歩む営業マンのblog

営業は大変な仕事だ。しかし聖書を読んで、売ることよりも仕えること、貰うよりも与えることを学ぶと、心が晴れる。

見分ける知恵

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私はこう祈っています。あなたがたの愛が、知識とあらゆる識別力によって、いよいよ豊かになり、あなたがたが、大切なことを見分けることができますように。
 
ピリピ人への手紙 1:9-10
 
+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+
 
大切なことを見分ける…
 
ニーバーの祈りを思い出す。
 
神よ
変えることのできるものについて
それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ
変えることのできないものについては
それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ
そして
変えることのできるものと変えることのできないものとを
識別する知恵を与えたまえ
 
英語だともっとシンプルで小気味良いのだが、日本語だとやや冗長気味になる。
 
ちなみに、同じ日本語訳でもシスターの渡辺和子さんだとこうなる。
 
主よ
変えられないものを受け入れる心の静けさと 
変えられるものを変える勇気と
その両者を見分ける英知を我に与え給え
 
こちらの方が1文でいっきに言い切っていて清々しい。
 

 
この祈りで一番大切だと思うのが、最後のところだ。
 
原詩だと、the wisdom to know the difference で、ここがそれぞれ「識別する知恵」「見分ける英知」と訳されている。
 
何が大切で何が大切でないか、何を変えるべきで何を変えるべきではないか、このような判断力や識別力は、きっと誰もがほしいはずだ。
 
私たちの人生は選択の連続だから、どうせなら最善の方を選び取りたい。
 
なるべく失敗したくないし、もし上手くいかなかったとしても、次の選択の場面では正しい識別や判断をしたい。
 
子を持つ親の立場としても、子が正しく判断したり識別したりできる知恵を身につけてほしいと願うはずである。
 
では、その知恵をどうすれば得られるのか?
 

 
ここで改めて聖句を眺めてみる。
 
「あなたがたの愛が(中略)豊かになり、あなたがたが大切なことを見分けることができますように」
 
どうすれば大切なことを見分けることができるようになるのかというと、その答えは「愛が豊かになること」であった。
 
愛が豊かになる、つまり、愛が満ち満ちた状態になるということだが、これを我力でやろうとしてもなかなかうまくいかない。対価を支払うことで得られものではないし、そもそも値段もないし、カタチもない。
 
もっと言えば、言葉で説明することも難しい。だから、愛とは◯◯と置き換えることでなんとか理解しようとするしかない。John Lennon芭蕉にインスパイアされて作った“LOVE”など、まさにそうだ。
 
分からないけど、いや、分からないから、分からないまま、私たちは神に祈る。それが私たちにできることかなと思う。
 
ニーバーは独り言を綴ったのではなく、祈りとして言葉にした。だから、そのはじめで「神よ(主よ)」と神に呼びかけるのである。
 
神さま、私たちは愛がどんなものであるのかよく分からないまま生きていますが、どうかあなたが私たちのうちに愛が満ち満ちるように助けてください。